教会の紹介

施設について

駐車場

5台くらいは停められるスペースがあります。

庭・玄関

玄関にて、スリッパで履き替えてあがっていただきます。

受付~ホール

初めての方で、ご不便

礼拝堂

30人くらいはお入りいただけます。

多目的室

子どもが使ったり、その他の集まりに使っていただけます。

教会案内チラシのダウンロード

ご利用いただける範囲(OK)

個人的な保管・閲覧: ご自身でプリントアウトして保管したり、個人的に読んでいただくこと。

ご友人やご家族へのご紹介: キリスト教や教会に関心のあるご友人、ご家族、知人にお渡しいただくこと(紙に印刷して配布するのは大歓迎です)。

礼拝・集会へのご案内: 周囲の方を教会へお招きする際に、手渡ししていただくこと。

※SNS等でご紹介いただく場合は、 https://shioya-ichiryu.uccj.ne.jp/のご紹介をお願いいたします)。

ご遠慮いただきたいこと・禁止事項(NG)

無断での改変・加工: PDF内の文章、デザイン、写真、イラストなどの一部または全部を切り取ったり、書き換えたり、別のデザインに流用すること。

商用利用・営利目的での使用: このチラシや画像データを販売したり、有料の宣伝・広告、商業的な出版物などに無断で使用すること。

教会の名誉を損なう利用・公序良俗に反する使用: 教会やキリスト教の信用を傷つける目的や、誤解を招くような文脈での利用。

教会の歴史

《栃木県への宣教の始まり》
栃木県へのプロテスタント宣教の始まりは、塩谷町と伝えられています。
1874年(明治7年)玉生村(現塩谷町玉生)の庄屋であった玉生玉三郎氏の自宅にて家庭集会が開かれたとのこと。玉生家の長女が横浜フェリス女学校に在学していたところからの始まりだったようです。玉生氏の長女やお手伝いの女性たちが、訪れた牧師によって洗礼を受けたと伝えられています。しかし、その後の信仰の広がりについては、記録のないままです。

《塩谷一粒教会》
玉生村への伝道の後、70年超の時を経て塩谷町にキリスト教の火が灯ることとなります。
まずは、塩谷町は明治時代には、塩谷郡の玉生村・船生村・大宮村でありました。その玉生村に、1949年 原田要蔵牧師・ウタ夫人によって伝道の一歩が踏み出されます。
原田牧師は、ホーリネスの群の牧師として戦前から撫順で牧会されていました。
1942年6月26日に決行されていた治安維持法によるホーリネス系教会牧師への一斉検挙が始まり、この年の9月に撫順にもその手が伸ばされて来ました。撫順で心ならずも留置所に送られましたが、その後、釈放。シベリア抑留とされます。その間にウタ夫人は子どもたちと共に、帰還され、故郷である玉生村の地を踏むこととなります。

その後、復員した要蔵牧師と共に、この地での伝道のビジョンに立ち上がりました。
1949年です。始まりの頃は、牧師の自宅、地域の寄り合い所や消防団詰め所などで礼拝を守っていた。と、記録にあります。その頃には、子どもたちが数十人集まって賛美したり聖書のお話を聞いたり、という活気に満ちた集会の場となっていたようです。
1950年には、宗教法人教会として認められ、1950年9月1日が教会創立記念日と定められました。

その時に「塩谷の地に蒔かれた一粒となる。そして大きな実を結ぶ」との希望に満ちた名称として「塩谷一粒教会」と、名付けられました。
そして町としては、1957年に3つの村が合併され「塩谷町」が誕生しました。
教会堂が現在の場所に設立されたのは、1972年。その後、牧師が代わり、1980年代に教団の中での問題・ホーリネスの群との関わりの中での問題・それらと共に町の中学校統合で町中が争うという、何重もの試練が教会に降りかかりました。結果、当時の牧師は教団を離脱、他の場所に新しく教会を設立する。という道を選びました。教会の分裂という大きな痛みを経験し、また塩谷町としてもそれは大きな痛みとして長く残っていました。

現在は、町も教会も落ち着いて塩谷町と周辺地域の「ホッとする場所」となっています。
牧師は、何代か代替わりして今は、佐野明子牧師が就任しています。
小さな群れの教会ですが、神様の輝く光を放ち続ける場所でありたいと願っています

所属教団について

日本基督教団(にほんキリストきょうだん、英語: United Church of Christ in Japan)は、1941年6月24日に日本国内のプロテスタント33教派が「合同」して成立した合同教会であり、公会主義を継承する唯一の団体であります。通称は「日本キリスト教団」 です。全国17の教区から成り、塩谷一粒教会は関東教区に属しています。

また私たちの教会は、日本基督教団の中にあって「ホーリネスの群(むれ)」に属しています。「聖書を誤りのない神の言葉」と信じ、教会の拠って立つただ一つの正典であり、信仰と生活の基準としています。 四重の福音に立っているのが特徴です。

教理的には「メソジスト」といわれる教派に近い立場(ウエスレアン・アルミニアン)です。「 ホーリネス 」といわれる教会の一つです。

「ホーリネスの群」は、 日本キリスト教団の中にある特色ある伝統をもつ教派の一つです。現在教団約1700教会のなかで、60余教会が所属しています。

また大きな特徴に、伝道者養成機関で教団認可神学校として東京聖書学校があります。教団内で他に、一教派で神学校をもっているところはありません。それだけに、日本における伝道への篤い祈りと思いをもっていると思います。

「主の祈り」と「使徒信条」

主の祈り

「主の祈り」とはイエス・キリストが教えてくださった祈りです。

主の祈り
天てんにまします我われらの父ちちよ
ねがわくは 御名みなをあがめさせたまえ
御国みくにを来きたらせたまえ
御心みこころの天てんになるごとく
地ちにもなさせたまえ
我われらの日用にちようの糧かてを 今日きょうも与あたえたまえ
我われらに罪つみをおかす者ものを 我われらがゆるすごとく
我われらの罪つみをもゆるしたまえ
我われらをこころみにあわせず
悪あくより救すくいいだしたまえ
国くにとちからと栄さかえとは
限かぎりなくなんじのものなればなり
アーメン

使徒信条

「使徒信条」とは「私たちはこのように信じています」という信仰告白です。

使徒信条
我われは天地てんちの造つくり主ぬし、全能ぜんのうの父ちちなる神かみを信しんず。
我われはその独ひとり子ご、我われらの主しゅ、イエス・キリストを信しんず。
主しゅは聖霊せいれいによりてやどり、処女おとめマリヤより生うまれ、
ポンテオ・ピラトのもとに苦くるしみを受うけ、
十字架じゅうじかにつけられ、死しにて葬ほうむられ、陰府よみにくだり、
三日目みっかめに死人しにんのうちよりよみがえり、天てんに昇のぼり、
全能ぜんのうの父ちちなる神かみの右みぎに座ざしたまえり。
かしこより来きたりて生いける者ものと死しにたる者ものとを審さばきたまわん。
我われは聖霊せいれいを信しんず。聖せいなる公同こうどうの教会きょうかい、聖徒せいとの交まじわり、
罪つみの赦ゆるしし、身体からだのよみがえり、永遠とこしえの生命いのちを信しんず。
アーメン